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公安局のマークが意味するもの【PSYCHO-PASS】

今回のテーマ

 今回はアニメ『PSYCHO-PASS』に登場する公安局のマークを題材に、「シンボル」と「アトリビュート」について考えていきたいと思います。

 「シンボル」「アトリビュート」はどちらも芸術批評においてよく使われる概念で、簡単に言うと芸術(特に西洋美術)における「お約束」のことです。
 それらについての知識があると、美術鑑賞がよりわかりやすくなりますし、オタクコンテンツの考察も捗るはず。

 ということで、さっそく行ってみましょう!

公安局のマーク

 『PSYCHO-PASS』が制作発表された当初、この公安局のマークが公開されました。
 果たして、このマークは何を意味するのか。
 まずマークの外周部分に書かれている英語の文を把握しておきましょう。

 外周部の文字は、

MINISTRY OF WELFARE PUBLIC SAFTY BUREAU CRIMINAL INVESTIGATION DEPARTMENT

と書かれています。これは直訳すれば、「厚生労働省公安局犯罪捜査課」、作中の表現に置き換えれば「厚生省公安局刑事課」ということになります。
 先ほどから「公安局のマーク」と言っていましたが、正確には「公安局刑事課のマーク」というわけですね。

 そして、この段階で、『PSYCHO-PASS』の世界観においてメインで描かれる組織が警察機関であること、そしてその警察機構が「厚生省」の管轄であることが示されています。
 現行の法律では、内閣府の外局・国家公安委員会の機関として存在している警察が、『PSYCHO-PASS』の世界観──つまり100年後の日本では、健康や医療を司る厚生省の下部組織であるというのは驚くべきことです。未来における国家体制に大きく変更があることが示唆されているわけですね。

 では、本題の図案部分を見ていきましょう。
 図案には、天秤のついた杖の持ち手に二匹の蛇が巻き付いている様子が描かれてます。これにはどのような意味があるのでしょうか。

 結論を述べてしまうと、この図案は「ケーリュケイオン(ラテン語で「カドケウス」とも)」をモチーフにしたものです。「ケーリュケイオン」とは、ギリシャ神話に登場する、伝令や商業を司る神・ヘルメスの持つ杖のことです。

ケーリュケイオン(画像はWikipediaパブリックドメイン)

 公安局刑事課のマークとして商業という意味は相応しくないでしょうから、ここは伝令、つまり「メッセンジャー」という意味で解釈しておきましょう。

 ちなみに、この「ケーリュケイオン」と非常に似ている図案に「アスクレピオスの杖」というものがあります。これもギリシャ神話由来のもので、ギリシャ神話に登場する医療の神・アスクレピオスの持つ杖のことです。蛇が2匹のケーリュケイオンに対し、アスクレピオスの杖に巻き付いている蛇は1匹という違いがあります。アスクレピオスは医療の神なので、医療に関係する組織のマークにはよく用いられています。WHOのマークにも描かれていますね。

アスクレピオスの杖(画像はWikipediaパブリックドメイン)
WHOのマーク

 「ケーリュケイオン」と「アスクレピオスの杖」は本来別物ですが、見た目が似通っているのでよく混同されます。医療機関のマークにケーリュケイオンが使われていることも多く、そういう例は特に「メディカルカドケウス」なんて呼ばれることもあるそうです。

 そう考えると、公安局刑事課のマークに使われているケーリュケイオンも、メディカルカドケウスの側面が強いように思えてきます。なにせ公安局は厚生省の下部組織ですし、厚生省はまさに国民の健康や医療を担当する役所ですから。

 そして次に着目してほしいのが、杖の上部にある天秤です。本来のケーリュケイオンでは翼がついているのですが、公安局刑事課のマークでは天秤になっています。ケーリュケイオンに翼がついているのは、ヘルメスの特性上自由や移動を意味していると思われますが、ここではそれが取り外されています。天秤は正義や法・平等といった意味を持つことが多いことを考えると……。

 さて、結論に入りましょう。上述の内容を踏まえると、公安局刑事課のマーク(に描かれた図案)は、

医療・正義・司法のメッセンジャーであり、正義・司法に縛られ自由を失っている存在

 だと解釈することができます。『PSYCHO-PASS』のストーリーを考えると、非常に暗示的ですね。

シンボルとアトリビュート

 では、ここからが本題です。
先ほど、公安局刑事課のマークを「解釈」し、マークに込められた「意味」を考察しました。さて、どうしてこのようなことが可能なのでしょうか。

 その秘密に、「シンボル」と「アトリビュート」が密接に関わっています。

 まず、「シンボル」とは文字通り「象徴」のことです。抽象的な概念を説明するために具体的な事物を用いて言外に示す、というのがシンボルの役割です。
 上述のように、「ケーリュケイオン=ヘルメスの持ち物=伝令・商業」や「天秤=正義・法・平等」といった解釈・認識ができたのは、まさに我々が自覚の有無を問わずシンボル(象徴)を用いているからなのです。

 次に「アトリビュート」です。日本語で「持物」と訳されるように、「その事物が誰の持ち物であるか」ということから芸術の解釈をある程度限定する「共通認識」を意味します。
 例えば、人間が一人だけ描かれている絵があったとしましょう。これでは誰が描かれているかわかりませんね。
 ではその一人が「ケーリュケイオン」を持っていたらどうでしょうか。
 途端に、その人がヘルメス自身あるいはその関係者であることがわかりますし、何なら人じゃないかもしれません。
 もしかしたらケーリュケイオンやヘルメスについて知らなかった方がいるかもしれませんが、この記事をここまで読んでいたら、すでにそういう「共通認識」が出来上がっています。
 これが芸術批評・鑑賞のうえでの「共通認識」、つまり「お約束」というわけなのです。

 ちなみに、「天秤=正義」と言えるのも、アストライアやユースティティアといったギリシャ・ローマ神話に登場する正義の女神が天秤を持っていることに由来しています。
 つまり、天秤は正義の女神の「アトリビュート」なのです。
とはいえ、アストライアやユースティティアを知らなくとも、我々は「天秤=正義」という意味解釈に疑問を持つことはほとんどないでしょう。それは、本来アトリビュートであった天秤が、「シンボル」として独自の文脈を持つようになったためです。正義の女神を知らずとも、「弁護士バッジに描かれているもの」というところから「天秤=正義」と考えたかもしれませんしね。

 この「シンボル」や「アトリビュート」は、その芸術作品が持つ「文脈」に左右されます。
 例えば、ケーリュケイオンが高校の交渉に描かれていたらどうでしょうか。伝令の学校というのは考えづらいですね。その学校が「商業高校」である可能性がぐっと高まります。
また、どこかの国の神話で、天秤が死神の「アトリビュート」という「共通認識」があったとしましょう。その国の文化に登場する天秤は、正義ではなく「死」の「シンボル」になっているかもしれません。

 この「シンボル」「アトリビュート」という概念は、どんな文化・どんな芸術でも多少なり含まれていることだと思います。
 芸術作品であっても、オタクコンテンツであってもそれは変わりません。
 もし興味があれば、「あの作品で描かれたあの事物は何のシンボルなのか」と考えながらコンテンツに触れてみては? 
 きっと今までとは違う楽しみや発見があるはず……!

 それでは!


 

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