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【書評】『論理仕掛けの奇談』は最高のミステリ・ガイド【感想】

論文や学術書(特に入門書)を読んでいると、巻末にて膨大な参考文献と出逢うことがしばしば。
そういう時はえてして複雑な気持ちになります。
「こんなに読まなきゃ論文や本は書けないのか……」とか「まだまだ学ばなきゃいけないことは山積みだな……」とか。
しかし稀に、自分の好きな分野や新たな世界を開いてくれた一作に対しては、「こんなにも世界が広いなんて……!」と外の世界に足を踏み出した純粋な少年少女のような気持になることがあります。

本書、『論理仕掛けの奇談』はまさにそういう、世界の豊かさを目の当たりにさせてくれるミステリ・ガイドでした。
この本はミステリ作家の有栖川有栖(ミステリ好きで知らない者はいないでしょう)が様々なミステリ小説の巻末に寄せた解説文をエッセイ形式でまとめたものであり、前口上を引用するなら、有栖川氏と「マン・ツー・マンで読書会をしている気分」を味わえる作品です。

僕にとってのミステリ

そもそも、僕はミステリに対してこれまた複雑な思いを抱いてきましたし、今もそういう部分があります。
そしてそれはたぶん、自分の世代によるものなのでしょう。

元来ミステリとSFという二大ジャンルは、特別な地位にありました。ミステリとSFは当時最高の知的遊戯的存在であり、その理解のためにはミステリとSFの「教養」が必要とされたからです。
その二大ジャンルは熱心なファンコミュニティを生み出し、それらのファンは日本において「オタク第一世代」とも言うべき層となり、後世へ様々な影響を与えてきました。

本題に入る前に自分語りをさせてもらうと、僕は自身のことを「ゼロ年代に立ち会えなかったポストゼロ年代オタク」だと感じることが多々あります。
懐古の対象は自分が生まれる前、もしくは物心つく前にヒットしたオタクコンテンツで、時代に取り残された疎外感を覚えているオタクです。
もう少し早く生まれていたらPCゲー黄金期に立ち会えただろうし、もっと遅くオタクに目覚めていたら、より最近の作品に違和感なく馴染めるのに……といった感じで。
たぶんこういう思いをしている同志は多いんじゃなかろうかと思います。

ところで、なぜこんな話をしたかというと、その疎外感はミステリにも同じことが言えるからです。
綾辻行人が「新本格」というミステリの一大ムーブメントを巻き起こし、ミステリが再びエンタメのメインストリームに舞い戻った時代は、僕にとってははるか過去の出来事で、まさに「歴史的」なことです。
「歴史的」なことを述べると、その後ミステリはあまりにも人口に膾炙し、ミステリ的手法はもはやミステリ小説でなくとも頻繁に用いられるようになっていきました。
僕(ら)はミステリ的手法がごく当たり前になった後の時代に生まれ、それらの土台の上に成り立った様々なコンテンツを享受して育ってきたのです。

ここまでネガティブなことを語ってきたようですが、誤解なきように言っておくと、僕はミステリが大好物です。
しかし、これまで僕が触れてきたミステリの多くは、決して小説の中のものではありませんでした。それはマンガだったり、アニメだったり、ゲームだったり。
先にも述べたように、もはやミステリ的手法はありふれたもので、誤解を恐れずに言うと「エンタメ作品を作るうえで、ミステリ的手法ほど便利なものはない」とさえ思っています。

だからこそ、ミステリ(小説)には複雑な思いがあります。
「新本格」全盛期には立ち会えず、幼いころ古典ミステリも楽しんでいたはずなのにいつの間にか身近ではなくなってしまったミステリ。
ミステリは、僕にとって手の届かない(あるいは過去に置いてきてしまった)憧憬の対象なのです。

最高のミステリ・ガイド

けれども、本書『論理仕掛けの奇談』はそんな僕に優しく手を差し伸べてくれました。

著者の有栖川氏は、先述した綾辻氏と同世代の「新本格」作家。そして本書は、その有栖川氏が2002年から2019年までに刊行されたミステリに寄せた解説集です。
手の届かない場所にいる存在が、僕の懐古の対象であるゼロ年代を通り、僕と同世代の作品にも言及してくれている。これはとても素敵なことだと思います。
何しろ、本書における有栖川氏の語り口は、とても楽しそうなのですから。

有栖川氏は、鬱屈している僕に「腐ってないで、これを見てごらんよ。こんなにも楽しい世界が待ってるよ」と目線を合わせて語ってくれます。

「そんなに言うなら読んでみようか」とひねくれた僕の内心も揺れ動くというものですね。

ちなみに有栖川氏は僕と同様の疎外感や、同時代に立ち会え損ねた嘆きを込めた解説文も本書に収録しています。
むしろ今この瞬間にその作品と出逢えた偶然を噛みしめて、幸運と有栖川氏の導きに感謝すべきかもしれません。

バーチャル積読

最後におまけとして、『論理仕掛けの奇談』の解説文を読んで手に取りたくなった未読のミステリを列挙しておきます。(自分のメモ代わりでもあります)
積読が増えたぜ!やったね!

高田 崇史『QED 百人一首の呪』

歴史ミステリの分野はあまり手を出したことがないうえに、古典文学に関心のある自分としては「百人一首」がテーマということで非常に気になった作品。

高田 崇史『試験に出るパズル 千葉千波の事件日記』

上記のものと同著者の一冊。上が文系なのに対し、こちらはバリバリの理系。著者の引き出しが多すぎて気になる。

瀬名 秀明『八月の博物館』

冒険小説の要素があるミステリということで気になった作品。考えてみれば、幼少期に親しんだホームズやルパンは古典ミステリとして考えられているもののその実冒険小説的要素が大部分を占めている。二者の親和性は高そう。

松尾 由美『バルーン・タウンの殺人』

世界観がすごい。ジェンダーが主題として盛り込まれているそうで、エンタメ性とテーマ性をどう両立させているのか気になる。

山口 雅也『生ける屍の死』

死体が甦る世界での連続殺人事件。キャッチコピーだけでもう読みたい。

結城 充考『プラ・バロック』

近未来SFミステリ。大好物です。

古野 まほろ『天帝のはしたなき果実』

本編で紹介されていたのは同著者の『本格探偵小説 群衆リドル Yの悲劇’93』という作品だが、むしろこちらの方が気になった。この二作は同一の世界観で、パラレルワールドの日本「日本帝国」を舞台にしているらしい。有栖川氏の紹介で「サブカルチャーを含む過剰なまでの衒学趣味」とあったが、PSYCHO-PASS好きとしては衒学趣味に弱い。読みたい。

有栖川 有栖『月光ゲーム─Yの悲劇’88』

『論理仕掛けの奇談』を著した有栖川氏自身の著作。タイトルからわかるように、古野氏の『群衆リドル』はこの作品に多大な影響を受けているそう。青春ミステリの金字塔らしいので、青春成分が欲しくなったら読むことにしよう。

綾辻 行人『水車館の殺人』

最後は綾辻御大の作品。実のところ綾辻作品は『十角館』と『Another』しか目を通したことがないので、きちんと追ってみるのはありだと思っている。自分の周囲にも綾辻ファンは少なくないので、彼らにおススメを聞いてみてもいいだろう。

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